日日是好日

私は、庭に面した静かな部屋に入り、畳に座って、お湯をわかし、お茶を点て、それを飲む。ただそれだけを繰り返す。 そんな週一回のお茶の稽古を、大学生のころから二十五年間続けてきた。 今でもしょっちゅう手順を間違える。「なぜこんなことをするんだろう」と、わけのわからないことがいっぱいある。足がしびれる。作法はややこしい。いつまでやれば、すべてがすっきりわかるようになるのか、見当もつかない。~日日是好日 森下典子著より


初めは作法や決まり事に不自由さを感じるかもしれませんが稽古を積み重ねていくうちに、あるとき突然何かを「感じる」瞬間があり、奥深さが少しずつ見えきます。「何か」は自分自身で感じ、お茶の気づきは言葉で教えることはできません。その心は、長い年月を積み重ねることによってのみ身につけられます。
 茶道は、何百年の間に形づくられ、受け継がれてきた「型」。型を守ることによって感覚が磨かれ、さまざまなことに気づき、ひいては自分の人生を見通す人生観が得られます。お茶は、日本人の暮らしの美学と哲学を自分の体に経験させ知ること。教えないことで教えようとします。

お茶は「他人」と比べるのではなく、「昨日までの自分」と比べること。たとえ理解が遅い人でも、その人なりの深さで学びがあるといいます。

「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」とは「天気の日も雨の日も、全て好い日」と著者は語っています。